モトGPからの突然の撤退を決めたスズキ。
先日のワンカルデーでも話題の中心でしたが、モトGPだけでなく、国内を含め全てのレースから撤退らしい。
友人曰く、社長以外の上層部がアホだと…。
何でも、四輪の方で社外品を取り付けて事故が発生したことから、全ての車外品を禁止して、純正品のみの取り扱いとしたらしいのですが、タイヤまで純正品のみという話だったらしい。
モトGPについても社長は継続の意向も役員会の反対にあったという情報もあるので、やはり社長以外の上層部に問題があるのでしょう。
すっかりスズキに嫌気が刺してしまった私は、反面、ホンダを見直して来ています。

F1からは撤退となってしまいましたが※、原点であるオートバイでは、今のところはその様子はありません。
※ホンダとしては撤退しても、HRCが引き継いでエンジンを供給しています。(ご指摘により訂正しました)そこに何というか「スピリット」を感じるんです。
私個人としても、高校1年生の時に初めて憧れたオートバイはホンダのCBX400Fでした。

そして、レースの世界に目が行くと、世界選手権でキングケニーを世代交代へと追いやった天才フレディ・スペンサーにゾッコンで、1年間の新聞配達のアルバイトで初めて購入したのがホンダのMVX250Fでした。

大阪という立地を考えると、カワサキ車という選択もありだったのでしょうが、400は車検があるという思いから、当時は2スト250しか頭にありませんでした。
また、当時モトクロスやらレースをかじっていた友人が居て、彼がヤマハのRZ250の後継であるRZ250Rを購入したこともあり、私はそのライバル車とも言えるMVX250Fでした。
RZ250Rは車格が大き目でシート高も高めで小柄な私には大きく、反対にMVX250Fはフロント16インチタイヤでコンパクトだったことも選んだ理由でした。
ですが、オートバイに乗せられていただけの私は、知人に連れられて行った箕面の峠で転倒し、わずか1か月でMVX250Fを廃車にしてしまいました。
もう中型車を買うお金が無かったので、その後しばらくしてカワサキのAR125というオートバイに乗り始めましたが、これも転倒事故を起してしまい、ボロボロの状態でも乗り続けていましたが、いつ乗らなくなったのかは覚えていません。
この時高校生だった私とバイク店主の友人は、
この記事の通りに既にスズキとの縁が出来ていました。
高校3年生の時には、初めてのスズキ車ハスラー50を日常の足としていました。
ですが、進路変更して大学へ進んだ私は、居酒屋のアルバイト先でミニバイクレースと出会い、ホンダのNSR50を譲り受け、生駒のカートコースへ通ったものです。



アメリカへのホームステイでも、ホンダのCB500やXR80とスズキのモトクロッサーRM125にも少し乗させてもらいました。

また、スズキのバイクショップの店長となった友人からオフロードの中古車ということで、ホンダのエルシノア125を譲り受けたのもこの頃です。

ホンダのMVXの後継で、真の3気筒レーサーNS500のスケールダウンレプリカであるNS250Rにも乗っていました。
自分で250ccクラスのアルフォンソ・ポンスマシンカラーにしたものの、あまり評判が良くなく・・・

気合を入れてロスマンズカラーに塗り直してからの九州一周ツーリングの相棒もこのNS250Rでした。

ここまで思い返してもホンダ車ばかりであることに我ながら驚きました。
その後、就職してからスズキのバンディッド250を譲ってもらいましたが、これはほとんど乗る暇が無く手放し、子供が生まれてからは長らくオートバイとは縁のない生活を送っていたわけです。
そして、アラフォーでリターンライダーとなったわけですが、通勤でスズキのスクーターである
アドレスV100に乗り始め、その後友人が本格的なリターンライダーのオートバイとして勧めてくれたのも
ホンダ CBR900RR“Fire Blade”だったりで、やっぱりホンダ車でした。
その後、スズキのモタード車SB250を増車して、最終的にCBR900RRとSB250のどちらも処分して現在のスズキのDR-Zとなったわけですが、その間にも
練習用で増車した2台のXR100もどちらもホンダ車ですねぇ。
リターン後のモトGPでは、ヤマハのバレンティーノ・ロッシ一色だったものの、実生活ではほとんどというか全くヤマハと縁が無かったんです。
なので、思い返してみて、やはり自分はホンダ車との関りが大きかったのだなぁ・・・と。
8月に行われる「2022 FIM世界耐久選手権 "コカ・コーラ" 鈴鹿8時間耐久ロードレース 第43回大会」についても、現状は行く予定はないのですが、カワサキがスーパーバイクのジョナサン・レイとアレックス・ロウズそして以前のワークスライダーであるレオン・ハスラムという最強トリオでの参戦表明の中、ヤマハもスーパーバイクのラズガットリ・オグルやモトGPライダーの参加があればちょっと行きたいかも?と思っていましたが、残念ながらヤマハのナンバーワンチームは耐久レースシリーズに参戦している耐久チームらしい。
これでは鈴鹿8耐で勝てるわけはないのでますます行く気が失せましたが、昨日発表されたホンダのナンバーワンチームは、モトGPからスーパーバイクへ転向したイケル・レクオナとモト2クラス参戦で優勝経験もある長島哲太、そして、スーパーバイクでは苦戦していたものの、鈴鹿8耐優勝経験豊富な高橋巧でワークスチームを組むというので、ちょっと面白そうです。
イケル・レクオナについては、モトGPで転倒が多かったものの、ウエットでの速さは目を見張るものもあり、1年で放り出したKTMを酷いと感じていました。

今年のスーパーバイクでは、今のところは優勝争いこそできるレベルではないものの、トップ10に入る頑張りを見せており、期待しています。
そんなレクオナを起用したところもホンダを見直した理由のひとつです。
ですが、モトGPではファビオ・クワルタラロの天才的なライディングに助けられているヤマハと違って、未だ再手術で欠場状態のマルク・マルケス不在のホンダでは、天と地の結果になっていて、スーパーバイクでも未だ優勝争いに絡めないホンダの技術力の低下が気になりますが、ドゥカティやアプリリアのイタリア勢が全盛となりつつある中、復活を期待できるのもホンダであると思っています。
やはり、スピリットを捨てたスズキからスピリットを持ち続けるホンダに望みを託すことが最適だと感じるこの頃です。

であるがこそ、ジョアン・ミルのレプソル・ホンダ入りを期待して止みません。

もちろん、強いマルク・マルケスの復活にも期待しています。